高校を卒業するとき就職先を決めるにあたり酒屋をやることにはなっていたのですが、
いわゆる外飯をくってくるというやつでサラリーマンも体験してみようと思い、どこに
しようかと考えていた時、テレビで「デパートの裏側」という番組を見て、表は華やか
に見えて裏は結構たいへんなんだなぁと感じ
「よし、デパートのお酒売り場に行くか!」
そう思い、4Mデパートの一つに就職しました。人員の関係でお酒売り場には行けなかっ
たのですが、食料品売り場に配属され一年間勉強させていただきました。
そして2年目に入る少し前、お酒売り場の人が外商に移動になる予定なので柴田君はお酒
売り場に行けると言われ「よっしゃー」と気合いを入れてその時を待っていたのですが、
外商へ移動になる予定の人が体が弱いとのことで、急きょ私が外商に移動するはめになっ
てしまったのです。普通は誰かと入れ替えで人事移動になるのですが、今回は新設課とい
うことで 引き継ぎがないのです。これがどういうことかというと、
「私、まだ19歳、売り場経験、会社経験1年、」
普通は売り場経験を何年もして、その人に御贔屓のお客様もたくさんできて、外商に移動
するっていうものなのです、1年しかやっていない私にはお客様などいません。しかし、
移動した月から何百万というノルマがありました「できるわけないっていうの!」
19歳で外商になったのは、今だに私が後にも先にも一人。ギネスものだということです。
毎月怒られっぱなし。とりあえず新規開拓、会社へ飛び込みばっかり、でも19歳のガキと
40代のおっさんが飛び込んでくるのとではあきらかに印象が違って勝てないんですよ、
私には何回も通うという誠意しかそのおっさん外商員に勝つ方法はありませんでした。今、
当時の写真を見ると一番ふけていた顔ですね、だって会って話すのは大会社の偉い人ばっ
かりだから、19歳でありながら日経新聞に目を通し、経済情勢からゴルフのスコアーまで
頭に入れて営業するわけですからね、、、
そうこうして3年目にはトップセールスの仲間入りまでしました、頑張ったという達成感
があったので、 そろそろ退社しようと思い辞めました。
そして、あと私に欠けていることは商品知識だったので、大阪にある酒屋さんの専門学校
へ行きました。全国からたくさん生徒が集まって来たので、いい仲間がたくさんできました。
実質、勉強は4ヶ月で、毎日ジャンルごとにテイスティングとテストばっかりなので、学校
帰りは赤ら顔の学生集団がよたりながらふらふらしていました。
でも週末には、当時でいうディスコやビリヤードによく行きました。いわゆるプールバーっ
てやつにね!この4ヶ月は、今思うと最高に楽しかった日々です。
何せ退職金全部使っちゃっうぐらい遊んだもんね・・
それからいわゆる各地へ住み込みの修行で酒屋に飛ばされ1年間働いて卒業です。 どんな
に働いても月、5万の給料は変わらないので雇う方はいいですよね それでお店によって待遇
に、かなり差があって毎週末ワインのテイスティングをやるお店があったり勉強会を開いて
くれるところなどいろいろでした。 残念ながら私の修行先はそういうのは全然なくて5万円
のほとんどをワインにつぎ込み 毎日、一人で勉強していました。(ワインはその店から買う
ので、給料ないのと同じです) 当時はワインブームだったので・・その他書けないようなこ
とがいっぱいありました。 でも、すくいだったのが従業員さんたちがほんとうにいい人だっ
たことです。 別れ際には大泣きしてしまったほどです。
そして海外へ出てドイツ、フランス、イギリス、スコットランドなどへ行き ワイン、ビール、
ウイスキー、ブランデーの勉強をして帰国、自店に帰ってきました。
このころは、日本酒の日の字すら知りませんでした。